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鎌倉二代将軍・源頼家の家来が、建暦2年(1212)にこの地に小さな祠を建て、鎌倉の鶴岡八幡宮を勧請したのが代々木八幡宮のはじまりとされています。
元和2年(1616)、甲州街道を通って江戸に出入りする通行人や荷物を取り締まるために四谷に設けられた関所が四谷大木戸です。寛政4年(1792)には木戸も番屋も撤去され、人馬が自由に往来できるようになりました。
淀橋は神田上水に架けられた最も古い橋と言われています。三代将軍・家光が鷹狩を行った際、周辺の景色が山城(京都)の淀という場所を思い出させるので地名を淀橋とするよう命じたといわれています。
和田八幡宮とも称された大宮八幡宮は、康平6年(1063)に源頼義が前九年の役の帰途、源氏とゆかりの深い京都の石清水八幡宮から分霊してこの地に創建しました。
大宮八幡宮への参道には幹の曲がった松があります。源義家が奥州平定の際に、この松の枝に馬の鞍を掛けたところから「鞍掛けの松」と呼ばれるようになったという由緒が残っています。
「堀之内のお祖師様」として知られる妙法寺に安置されているのが、厄除けの御影と称される日蓮上人の霊像です。追善や祈願のために千部の経典を読誦する会「法華千部会(ほっけせんぶえ)」と、日蓮上人の命日法要の「会式(えしき)」が開催される7月と10月は、とくに大勢の参詣客で境内があふれかえったそうです。
回向院は明暦の大火(1657)の焼死者の供養を目的として建立された無宗派の寺院です。相撲興行のほか、本尊や秘仏を寺から持ち出して一定期間公開する「出開帳」の場としても有名でした。
大川橋は隅田川の5つの橋のうち、最後に架けられた橋で、安永3年(1774)に完成しました。
浄真寺は世田谷区奥沢にある浄土宗の寺で、山号を九品山と言いました。九品仏(くほんぶつ)とは、浄真寺に安置されている9体の阿弥陀如来像のことですが、同寺の通称にもなっています。
北沢淡島明神社は、徳川家康の次男・結城秀康の位牌所として慶長13年(1608)に建立された浄土宗・森巌寺の境内にあります。