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7.東京銀座要路煉瓦石造真図

東京銀座要路煉瓦石造真図の画像

二世歌川国輝画 伊勢屋兼吉 明治6年(1873)刊
大判錦絵三枚続
東京誌料 0422-C23ア

文明開化の諸相を描いた錦絵は、写真が一般に普及するまでの明治の世相を今に伝えるこの上ない資料といえる。この銀座通りの煉瓦街を描いた錦絵も新しい時代の雰囲気をよく伝えている。
江戸が東京と名を変えても、あいかわらず火災は頻発した。新政府は、明治5年の大火で銀座一帯が灰燼に帰したのを機に、東京を不燃都市化する計画をたて、まずこの焼失区域から着手した。西洋の都市を手本に、道路を拡張・舗装し、木造を禁止して煉瓦建築を進め、この絵の制作された明治6年には、目新しい町並みの一部が人々の前に姿を現した。

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