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王子稲荷には、稲荷の使いである狐が大晦日に関東中から集まり、近くの榎の下で身なりを整え、初詣をするという言い伝えが残っています。これが「衣装榎木」の由来です。この時、狐たちが灯す狐火によって、地元の人々は翌年の作物の実り具合を占ったそうです。
現在の中野区中野あたりに、八代将軍・吉宗の命によって桃の木を植樹した桃園と呼ばれた庭園がありました。もとは五代将軍・綱吉が「生類憐れみの令」を発した際に、犬のお救い小屋を建てた場所でした。
練馬区石神井町にある石神井神社のご神体は石剣(石神)です。村人が井戸を掘った際、石剣の形をした霊石が出土したため、石神として祀ったことで地名となったそうです。
長命寺は真言宗の寺院として慶長18年(1613)、増島重明(慶算)が創建したと言われています。境内に設けられた霊場は和歌山県にある高野山を模して作られてもので、そのため東高野山とも新高野とも呼ばれています。
鮎は多摩川の名産品でした。本書には初夏のころから晩秋にいたるまで、江戸っ子が、遠いことも厭わず多摩川に来て遊猟をした、と書かれています。
歌舞伎の舞台裏の仕掛けに用いる道具や作業を、図を主体に説明を付けて紹介した資料です。大道具や小道具を含めた歌舞伎の演出方法を知ることができます。
役者絵の名手・初代豊国の手による歌舞伎役者の似顔絵の書き方の指南書です。このような本が作られるほど役者絵は人気がありました。
江戸時代を代表する絵師・葛飾北斎が描いた紺屋の風景です。紺屋はもともと「紺掻き」という藍染専門の職人を指す言葉でしたが、江戸時代になると染物屋を紺屋と呼ぶようになりました。
江戸時代のベストセラーの一つ『東海道中膝栗毛』の作者として有名な十返舎一九の手による黄表紙で、画面からは、当時の本の販売風景を知ることができます。
安永期(1772~1781)から文化年間(1804~1817)にかけて「黄表紙」と呼ばれる庶民のための絵入りの読み物が大流行します。その黄表紙の始まりと言われるのが恋川春町の手による『金々先生栄花夢』です。