古裂 -金襴・更紗-
古裂(こぎれ)の「きれ」は布地のきれのことで、「裂(きれ)」あるいは「切(きれ)」の字を当てます。貼込帖には、紙ものだけでなく、裂(きれ)を貼り込んでいるものもあります。「金襴(きんらん)」などの織物や「更紗(さらさ)」といった染物の古い裂(=古裂)を貼り込んだ『古金襴集(こきんらんしゅう)』『隨獲隨貼印華布彙(ずいかくずいてんいんかふい)』、2つの資料をご紹介します。
古金襴集
こきんらんしゅう
写 1帖 加賀文庫5452
『古金襴集(こきんらんしゅう)』と名付けられた、「金襴」や「緞子(どんす)」といった、約120の裂片(きれへん)を貼り込んだ裂手鑑(きれてかがみ)です。「手鑑」とは、優れた筆跡の断簡を貼り込んだ、厚手の紙で作られた折帖(おりじょう)をいいます。江戸時代以降、古筆手鑑に倣い、裂地の断片をアルバム状に貼付した「裂手鑑」が多く作られました。「裂手鑑」は茶道文化の中で育まれたものです。
「金襴」は、金糸を織り込んで文様を表した、「緞子」は先染めの絹糸を用いて文様を織り出したしなやかな手触りが特徴の絹織物です。
「金襴」や「緞子」は、茶席において、抹茶の茶入れを入れておく袋、仕覆(しふく)や掛け軸の表装として使用され、鑑賞の対象となりました。特に室町以前の古い時代に渡来したものは「古渡(こわた)り」として、珍重されてきました。それらの裁ち余りの裂を集めて貼ったものが「裂手鑑」という裂の見本帖となり、鑑賞されるようになりました。
本書の前半には、個々の裂地に題簽(だいせん)を付し、名称を記している箇所があります。その中にはいわゆる「名物裂(めいぶつぎれ)」と名称が一致するものが見られます。茶席で珍重されてきた裂類を「名物裂」と称します。(15.0×17.9cm)
高野きれ
こうやぎれ
奈良切
ならぎれ
大コクヤ切
だいこくやぎれ
大燈
だいとう
焼切
やけぎれ
江戸時代、松江藩の大名茶人松平不昧(まつだいらふまい)(1751-1818)編纂『古今名物類聚(ここんめいぶつるいじゅう)』「名物切の部」(寛政元年-9年刊)(1789-1797)(請求記号:加4360・4361)によって茶席で珍重されてきた裂類にはじめて「名物」を冠し、「名物裂(めいぶつぎれ)」と称されるようになります。ここに上げた題簽に名称が書かれた裂地のうち、「高野きれ」(=高野金襴)「大黒ヤ切」(=大黒屋金襴)「大燈」(=大燈金襴)は、『古今名物類聚』に上げられています。
「大燈」は、鎌倉時代の禅の名僧大燈国師(だいとうこくし)(宗峰妙超〈しゅうほうみょうちょう〉)(1282-1337)の袈裟裂(けさぎれ)に由来するといわれます。文様は上下に爪をおいた「霊芝雲(れいしぐも)」という瑞雲を表しています。
「大コク(黒)ヤ切」の名称のいわれは、堺の商家大黒屋、江戸町屋の茶人によるなど、諸説あります。蔓牡丹唐草(つるぼたんからくさ)文様の間に宝尽くし文を散らした裂です。
「焼切」は、『雅遊漫録(がゆうまんろく)』所収「名物錦繍図」(宝暦5年刊)(1755)に「焼切黒船切(やけぎれくろふねぎれ)」という名前で収載される珍しい裂です。寛永17年(1640)に禁制をおかして長崎に入港した南蛮船を焼き討ちした際に、船中から持ち出したことに由来すると書かれています。
「奈良切」(=奈良金襴)は、『茶道筌蹄』(ちゃどうせんてい)(文化13年序刊)(1816)(請求記号:加6169)に上げられていますが、名称の由来ははっきりしません。
隨獲隨貼印華布彙
ずいかく ずいてん いんかふい
写 1冊 特別買上文庫5497
『隨獲隨貼印華布彙(ずいかくずいてんいんかふい)』と名付けられた、約40点の大小さまざまな「更紗(さらさ)」の裂片を貼り込んだ貼込帖です。「印華布(いんかふ)」は更紗の古称です。
更紗は木綿布に草花・鳥獣・人物文様などを型を用いて、または手描きによって染めたもので、ヨーロッパ人による東インド会社設立(1600年)後世界各地に広まりました。日本へは、16-17世紀に南蛮貿易によって輸入が始まりました。茶の湯では16-18世紀にインドからもたらされた更紗を「古渡り更紗」と呼び、道具を包むための布地や敷物などに好まれました。江戸時代の初中期にオランダ船によって輸入されたのはインド製の更紗でしたが、天保期(1830-1844)にはヨーロッパ製の模造インド更紗が安価で市場に流通し、色鮮やかな布地は人気を博したといわれています。(24.3×17.3cm)
当館では他に『染佐羅沙裂(そめさらさきれ)』(請求記号:加5460)という更紗の貼り込み帖も所蔵しています。こちらは所々数字が書き込まれ、整然とした貼り込みであることから、何かの見本帳として使われていたものかもしれません。
隨獲隨貼印華布彙 見返し
ずいかく ずいてん いんかふい みかえし
本書の見返しには「隨獲隨貼印華布彙 椎園(すいえん)藏弆(ぞうきょ)」と、墨の書入れがあります。椎園が思うままに気ままに集めた印華布(更紗)の貼り込み、という意味になるでしょうか。「椎園」は蜂屋茂橘(はちやもきつ)(1795-1873)の号です。蜂屋茂橘は御三卿(ごさんきょう)田安家に仕え、目付、広敷 (ひろしき)用人などを務めた、近世後期の随筆家として著名な人物です。 広い見聞に基づいて『椎の實筆(しいのみふで)』(請求記号:特2518) 全119冊をはじめ、『 一つゑり(ひとつえり)しいのみ袋』(請求記号:特2490)、 『椎園雑抄(すいえんざっしょう)(請求記号:特2519)、といった多くの随筆雑記類を残しています。いずれも当館に自筆稿本を蔵します。
本書の台紙には、裂手鑑(きれてかがみ)のように厚手ではなく、何かの文書の書かれた中厚手の料紙の裏紙を再利用したものが使われていることからも、本書が全くの個人の観賞用として作られていることが分かります。本書に蜂屋茂橘の蔵書印の捺印はありませんが、真に蜂屋茂橘の手になる貼り込みであるなら、当時の更紗の輸入はインド製の更紗からヨーロッパ製の更紗への過渡期であることもあり、たいへん興味深いものです。
主な参考文献
【図書】
タイトル / 編著 / 出版社 / 出版年 等 | 請求記号 資料コード |
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名物裂 渡来織物への憧れ / [五島美術館編] / 五島美術館 /c2001 | 753.3/5008/2001 5003595354 |
裂地の話 / 古賀健蔵著 / 淡交社 / 1980.3 | 7910/69/10 1121885616 |
日蘭貿易の史的研究 / 石田千尋著 / 吉川弘文館 / 2004.9 | 678.2/5039/2004 5009969943 |
日本古典文学大辞典 第5巻 / 日本古典文学大辞典編集委員会編 / 岩波書店 / 1984 | R/J033/21/5 1121478610 |
古渡り更紗と和更紗 / 根津美術館編 / 根津美術館 / 1993.3 | 未所蔵 |
裂地の楽しみ / 岩崎博・吉岡幸雄著 / 世界文化社 / 2002.5 | 未所蔵 |
【雑誌記事】
論文名 / 著者 / 掲載誌 巻号 / 出版社 / 出版年 / 掲載ページ 等 | 資料コード |
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日本の美術 175号 特集更紗 / 至文堂 / 編 / ぎょうせい / 1980.12 | 5010784290 |