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『大草原の小さな家』の世界について

『大草原の小さな家』の世界について 谷口由美子

子どもの頃からずっと、わたしはアメリカの大草原に行ってみたいと思っていた。やがて、実際に広大な大草原を目にしたときの驚きと感動はとてつもなく大きく、それが今までわたしを支えてくれてきた。それくらい、大草原は雄大で、果てしがなく、先が見えないからこそ、その先に何があるのかというあこがれをかきたてるものだった。さらに、そのあこがれが、『大草原の小さな家』の主人公かつ作者であるローラ・インガルス・ワイルダーについて、もっともっと知りたいと思う気持ちにつながっていった。
2000年に、わたしはローラの書いた「小さな家シリーズ」9冊のうち、後半の5冊を新訳するという、まさに夢のような仕事をさせていただいた。(岩波少年文庫刊)ローラの書いたことばをじっくり味わいながら、日本語にしていく作業を通して、いまさらながら、ローラの紡ぎだしたことばの美しさにほれぼれした。ただ読むだけでは味わえない深い喜び、これこそ翻訳者の醍醐味だと思ったものである。
ローラ・インガルス・ワイルダーは、1867年、アメリカのウィスコンシン州にある小さな丸太小屋で生まれ、家族とともに、幌馬車で大草原の各地を移り住み、最後にミズーリ州マンスフィールドの農場で、実り豊かな90年の生涯を閉じた。1932年、65歳のとき、ローラは開拓地で過ごしたすばらしい子ども時代の思い出を、のちの子どもたちにぜひ伝えたいと思い、『大草原の小さな家』などで知られる、9冊の「小さな家シリーズ」に書きつづった。しかし、テレビ・ドラマで有名なあの物語が、実はほんとうにあった話であり、タイトルの『大草原の小さな家』は、ローラの書いた3冊目の本のタイトルであり、このほかにも物語が何冊もあるのだということなどは、ローラのファンでない人たちは、あまり知らないのではないだろうか。
となれば、やはり簡単でもひととおりの解説が必要になるだろう。シリーズ第1巻は、『大きな森の小さな家』で、ローラは5歳、ウィスコンシン州の丸太小屋で、とうさん、かあさん、メアリ、キャリーとの暮らしが語られている。第2巻『農場の少年』は、のちにローラの夫となったアルマンゾ・ワイルダーの少年時代の物語、第3巻『大草原の小さな家』は、キャンザス州のインディアン・テリトリーに移住したときの物語。第4巻『プラム・クリークの土手で』では、一家はミネソタ州へ移り、プラム・クリークの横穴の家で暮らし、第5巻『シルバー・レイクの岸辺で』では、さらに西へ旅をした一家が、ダコタ・テリトリーのシルバー・レイクの岸辺に落ち着く。そして、第6巻『長い冬』、第7巻『大草原の小さな町』、第8巻『この楽しき日々』、第9巻『はじめの四年間』は、すべてデ・スメットという小さな町が舞台になる。この町で、ローラはアルマンゾと出会い、18歳で結婚し、一人娘ローズが生まれる。第1巻から第5巻までが少女編、第6巻から第9巻までが青春編といえる。その後、ローラ一家は、さらに旅をして、ミズーリ州マンスフィールドで農場をかまえ、そこが最後の家となった。ローラは、デ・スメットからマンスフィールドまでの旅日記をつけていたが、それが『わが家への道ーローラの旅日記』として、「小さな家シリーズ」の番外編になっている。
アメリカでは、これら一連のシリーズは「小さな家シリーズ」として知られているが、日本ではむしろ、「大草原」ということばを出したほうが、通りがいいようだ。「小さい」ことを強調するアメリカ、かたや「大きい」ことを前面に出す日本。それぞれのローラに対する思い入れが現われているようで、おもしろい。都会ではなおさらのこと、狭いところにひしめきあって暮らしているわたしたちは、思い切り深呼吸のできる大草原でのびのびと生きてきたローラにあこがれを抱く。しかし、アメリカ人は、ローラが過ごした小さな家の生活に目を丸くし、自分たちの祖先のつつましい、しかし心豊かな暮らしに思いをはせる。そして、自分のひいおばあちゃんのようなローラに親近感を持つととともに、自分の家族のルーツに目を向ける。ローラの物語は、アメリカの開拓時代の歴史そのものだから、歴史に興味をかきたてられる子どもたちがたくさんあらわれても不思議ではない。そして、そういう子どもの一人だった人が、6月に来日して、各地で講演を行った、ローラ・インガルス・ワイルダー研究家のウィリアム・アンダーソンさんである。
アンダーソンさんとわたしは、学生時代から文通を始めた。当時、彼はすでにローラの研究家として知られはじめていたが、わたしのほうは、日本でまだシリーズの全巻の訳がそろっていなかった頃だったので、いつかローラの物語を訳したいという熱い思いを持っている学生にすぎなかった。それから30年あまりたち、こうして、彼を日本に招待して、ローラの世界を語ってもらえたのは、ほんとうに喜ばしいことである。
ローラの世界に興味を持った人たちに、そのきっかけをたずねると、テレビという人が圧倒的に多いが、もちろん本を読んだから、という人もたくさんいる。テレビを見てから、本を読んだ人もいれば、テレビと本の二本立ての人もいる。ただ、テレビと本とでは、登場人物はだいたい同じでも、ストーリーは少しどころか、かなりちがうので、ローラの世界を知りたいならば、やはり原作を読んでもらいたいとわたしは思う。今では、図書館でも、書店でも、ローラの物語には各社から出ている訳本がいくつもあり、ハードカバーだけでなく、廉価な文庫本もあるので、気軽に手にとってもらえるのがありがたい。原書はひとつしかないのに、翻訳本がいくつもあるというのは、日本特有の現象だが、さすが翻訳王国といわれるだけのことはある。どれにしようかと迷う読者もいるだろうが、選ぶ楽しみもあるというわけだ。
日本で最初にローラの本が訳されたのは、1949年だった。石田アヤ訳で、コスモポリタン社から出たその本は、「小さな家シリーズ」の第6巻『長い冬』だった。戦後まもない頃で、戦争中の苦しい体験と、ローラ一家の冬との闘いとが、訳者の心の中で合致したこともあるが、やはり、この作品がローラの傑作であることが、最初に訳された大きな理由であろう。この本を読んで、感激し、当時まだミズーリ州マンスフィールドの農家に住んでいたローラ本人に手紙を書いた日本の若者が何人かいた。現在、一人は埼玉県に、もう一人は岩手県に住んでおられるが、ローラはそのどちらにも、しっかりしたきれいな筆跡で返事をくれたという。ローラは、自分の書いた物語が、アメリカの子どもたちだけでなく、外国の子どもたちにも感動を与えたことを知り、時代が移っても、人生における真実は、変わらないという自分のメッセージは、国がちがっても、同じように伝わるのだということを再確認したにちがいない。
その後、ローラの物語は少しずつ訳されていった。1950年に『大きな森の小さなお家』(柴田徹士訳、文祥堂)と『草原の小さな家ー少女とアメリカインディアン』(古川原訳、新教育事業協会)とつづき、1955年に岩波少年文庫から鈴木哲子訳で『長い冬』と1957年に『大草原の小さな町』が出た。しかし、どれもシリーズの第1巻から順に出されたものではなかった。ローラの物語は単発でも楽しめるが、作者自身がいっているように、物語が進むにつれて、主人公もどんどん成長していくし、物語が扱う内容やことばも子ども向きから大人向きに変わっていくので、その変化を味わうためには、やはり最初から順に読んでほしいものだと思う。ローラの心の成長の過程をたどりながら、読者もローラとともに考え、悩む。また、子どもの頃に読んだ人が、大人になって読み返したときに、自分の視点がとうさんやかあさんに移っているのに気づくこともあるだろう。このように、ローラの物語は、年齢をこえ、時間をこえて、何度も楽しむことができるのだ。
「小さな家シリーズ」は、家族の物語であり、したがって主人公はローラだけではない。とうさん、かあさん、メアリ、キャリー、グレイス、そして、アルマンゾ、ローズ、それぞれが実際に生きていた人たちであり、だれ一人として欠けてはならないほど個性的なキャラクターである。ローラは自分の家族を自慢の財産だと誇りにし、家族との思い出を「消えてしまうのはもったいないほどすばらしい」と思って、この物語を書いた。開拓時代の暮らしは決して楽ではなかったはずだが、ローラの筆にかかると、冬の吹雪も、こわい狼のほえ声も、じめじめした土の家も、すべてが冒険の対象になる。ローラは生きることを楽しむ達人であり、それは終生変わらなかった。
シリーズのおわりでは、ローラは27歳。そのあと90歳で亡くなるまで、いったいどんなことがおこったのだろうか。幸いにして、今ではその疑問に答えてくれる本がたくさん出ている。前にのべたウィリアム・アンダーソンさんは、その答えをわたしたちに提供してくれた一人である。そこで最後に、ローラについてもっと知りたい人のために、アンダーソンさんが書いた本をいくつかご紹介しておきたい。(谷口由美子訳)
『大草原の小さな家ーローラのふるさとを訪ねて』(今も残るローラのふるさとのカラー写真と歴史的写真の組み合わせによる写真集)求龍堂
『ようこそローラのキッチンへーロッキーリッジの暮らしと料理』(新たに発見されたローラのレシピブックと農場での暮らしを写真とともに紹介した本)求龍堂
『ローラからのおくりもの』(ローラの書いたエッセイに解説を加えてまとめたもの)岩波書店
『ローラの思い出アルバム』(歴史的写真とローラゆかりの品や本で構成した写真集)岩波書店

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