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六所宮すなわち大國魂神社例大祭は4月30日より5月6日までの間に行われます。5月3日夜行われる競馬式(こまくらべ)は古くは国司によって行われていました。
六所宮(大國魂神社)の御供田では、毎年5月6日に御田植の神事が行われていました。
武蔵野には将軍家や御三家のための鷹場があり、御三家の鷹場が交わった場所が三鷹の地名の由来と言われています。その鷹場にあった「七井の池」と言われる名泉のなかでもとくにこの水がよいとのことで名づけられたのが「井の頭池」です。
大島は伊豆七島のなかで最も大きい島です。本図に描かれているのは大島南東部にある波浮湊村で、良港と謳われた湊の様子をよく伝えています。
千賀崎(乳ヶ崎)は大島最北端にある岬です。岬の下の海は潮の流れが速く、格好の釣り場でした。
大島と新島の中間に位置する円錐型の島が利島(としま)です。利島の人々は伊豆七島のなかでは珍しく漁業よりも農業を生業としており、島の産物には椿油や薪、干魚がありました。
式根島の南に位置する神津島は、神様が伊豆の島々を作る際に神々を集めて相談をする拠点としたと伝えられる島で、そのため昔は「神集島」と書いたともいわれています。
神津島は良港に恵まれ、古くから漁業の盛んな島でした。伊豆七島ではかつお漁が盛んでしたが、釣り上げたかつおは鮮度を保つために神津島で水揚げされ、ここでかつおぶしに加工されました。島にある神社では「かつお釣り」という神事があったほどです。
神津島の中央に位置する天上山は神々が集まったとされる山で、神津島で最も高い山です。この山の北側にあるのが櫛ヶ峰で、ここからは伊豆七島を見渡すことができました。
現在の神津島港のある場所から北に行ったところにある「千両池」を描いたものと思われます。千両池は灯台の下にあるひょうたん形をした池の形をした小さな入江のことで、昔、千両船(北前船)を引き込んだ場所であったためその名が付けられたとも言われています。